

大阪市内には、大阪市が運営・管理している「渡し船」が8カ所あります。
これらは、架橋が困難な地域の日常生活になくてはならないものになっています。
渡し船って何?
大阪市には大正区を中心に現在でも8航路の渡し船(=渡船)が残っています。「水の都」の面目躍如といったところでしょう。これらの渡し船は、そこに住む人々の生活の大切な足となっています。本来、これらの渡し船が残っているところは全て、橋を架ければ済むところなのですが、河川に相当の大きさの船がやってくるため架けることが出来ません。また、千本松渡船場のように、橋が架かっても(千本松大橋)船を通すためにあまりに上空に橋を架けたため、人々の便を考え残されているところもあります。一方、安治川隧道(トンネル)のように船が通れるようにとのことから、渡し船(源兵衛渡し)が地下トンネル化されたところもあります。※安治川隧道はかつて、自動車もエレベーターで上り下りさせられ、通行できました。現在は人・自転車のみ通行可能です。
現在残されている渡船8航路のうち、7航路は大阪市建設局の管理となっており、1航路は大阪市港湾局の管理となっています。これは、もともとの渡し船の成り立ちの違いによるものです。しかしながら、いずれの航路も無料で運行されています。「水の都・大阪」を体感すべく、一度乗船されることをお薦めします。きっと、いつもとは違う新鮮な大阪が感じられるはずです。
渡し船の歴史
古来数多くの川が流れ、水の都と呼ばれた大阪には、人々の往来のための渡船場が各所にありました。当初民間によって営まれていた渡船は、明治24年に大阪府が「渡船営業規則」を定め「監督取締り」を行うようになり、明治40年には安治川、尻無川及び淀川筋の29渡船場については市営事業として市が管理することになりました。
大正9年4月、旧道路法の施行により渡船は無料となり、昭和7年4月以降はそれまでの請負制を改め、ほとんどが市の直営方式になりました。そして昭和10年頃には渡船場31か所、保有船舶数69隻(機械船32隻、手漕ぎ船37隻)、年間利用者は歩行者が約5752万人、自転車等が約1442万台を数えました。
しかし、その後橋梁の架設など道路施設の整備に伴って次第に廃止され、特に昭和20年には戦災によってその多くを失いました。昭和23年に15か所で再開されましたが、戦災復興とともに道路をはじめとする都市施設が整備され、モータリゼーションの進展もあって、渡船の利用は次第に減少し、昭和53年には渡船場12か所、利用者数約250万人に、平成12年度では8か所約197万人になっています。
現在運航している渡船に乗ってみるのもよし、かつて渡船場があった場所を訪れて昔の大阪を偲んでみるのもよし、いちど出かけてみられてはいかがでしょうか。大阪市の渡船は全て無料です。